旅すること

 「明日はどこに行こうか」とか「さて今日はどうしようか」と旅先で考える旅は予め予定を立てて行く旅とは違う。ひとり旅ではこれは自分への問いかけである。

 

 28歳で会社を辞めた後、昼は研究所と言う名の建築事務所でアルバイトをして、夜は夜間の建築専門学校に通った。いつか長いひとり旅をしてみたかった。専門学校の春休みの2月中旬から3月末までの約1ヵ月半をひとりで旅をした。最初の1ヵ月はインドに、残り半月はギリシャそれも前から行ってみたかったサントリーニ島へ。

 インドは東海岸のカルカッタ(現コルカタ)から入って、バスでバングラデシュの首都ダッカに行った。ダッカでルイス・カーンが設計した国会議事堂をみて、またカルカッタに戻った。カルカッタからニューデリーを経由して西海岸のボンベイ(現ムンバイ)までインドを横断した。いくつか見たい建築物があったが、それ以外は特に決めていなかった。とりあえず東から西に行った。

 私には『頭が空っぽ』になる感覚が2種類ある。良い意味での空っぽと良くない意味での空っぽ。会社にいた時は頭の中が真空になったような感覚の「空っぽ」の時がよくあった。これは良くない意味での空っぽ。頭の中なのだがどこか遠くの方でキュッと締め付けられるような少し痛みを伴ったどんよりした重苦しい感覚の空っぽ。一方、ひとり旅での空っぽは良い意味での空っぽ。無の境地というのとは違うが少しさわやかな感覚がある空っぽ。

 ひとり旅はこの良くない意味の空っぽの頭を良い意味の空っぽの頭に修復してくれる効果があるのかもしれない。私はこのひとり旅によって再生できた。というか今思うとそのように感じているのである。再び生きる、生きていこうと思える力というか気力が芽生えたのが多分このひとり旅のおかげだと思っている。この旅の1年半後に、建築の勉強をやめて、また方向転換することになる。

 

 大学卒業時は長期の休みが取れる絶好の機会だが、新型コロナウイルス感染症のためにこの2年間は旅することがかなわなかった。学生の皆さんにとっては、とても残念な時期に出くわしてしまったという以外慰める言葉もない。でも、この先、何もかも一切のしがらみを脱ぎ捨てて、どこか遠くへ行きたい。と思う時が来たときは迷わずひとり旅をしてみるのも、自分を見つめ直して再生することにつながると思うのである。

 

ベナレス(インド)

 

サントリーニ島(ギリシャ)

2021年03月31日